ちょうど1年程前、
私が妊婦だった頃のお話です。

私は今年で37歳になりますが実は再婚で、
当時妊娠5ヶ月で
現在の旦那さんとはまだ一緒に
住んでいない時期でした。

仕事もまだ現役でしたし、
引越しの準備などで
本当に忙しい日々を送っていました。

そしてそんな中、
大きなお仕事の依頼が
私に舞い込みました。

それは
『本の出版に携わるお仕事』。

ハンドメイドサイト「minne」で
私の商品を見た担当者から
連絡が来たんです。
→minneから連絡が来たので不審には思いませんでした。minneの担当者に依頼を受けることを承諾した後、直接の依頼主の会社とのやり取りをスタートさせました。
当時、妊娠3ヶ月、引越し2ヶ月前で正直受けるか断るか悩みました。
でも、こんな光栄なお話は自分から望んでもやってこないチャンスだと思ったので、ブランドの未来のため、母親(亡くなった)のためにも受けることにしました。
撮影のため東京まで来てほしいという依頼もあったけど、妊婦だったので万が一の事を考えてお断りしました。それだけが後悔してる。

内容はというと
ハンドメイドキット本を
販売している「ブティック社」より、
「ドールチャームキット本の
販売のお手伝いを
してくれませんか?」

本を購入したお客様が
製作する見本となる
デザインを作って欲しいと
いうご依頼でした。

全部で6体分のデザイン。
「製作手順の撮影を
させて欲しいので東京まで
来て欲しい」とまで
言われていました。

こんな風に出版社側から
お話頂くなんて、
ハンドメイド作家としては
光栄過ぎるほどのお話でした。

でも、冒頭でもお話したように
この時私は妊娠5ヶ月。

ちょうど安定期には入ったものの
東京まで一人で向かい、
向こうで何かあっては大変..

年齢のことも考えて、
お腹の中の子は死んでも守りたい。

そんな想いから
東京行きは断念せざるを
えませんでした。
今思っても残念です。

でも、
東京行きは諦めたけど
撮影は無理にでも
本の出版のお手伝いはしたい!
なので、依頼を受けることを
決意します。

私がこんなにも
このお仕事を受けたいと
思う理由がありました。

ドールチャームというものは
ペラペラの薄い布から
制作します。

そして1つ1つ命を
吹き込んでいくんです。

型紙で型をとって
裁断・刺繍して
縫い合わせて…
手間と費用がとても掛かる、
「凄く手のかかる子」なんです(笑)

頭でっかちの
ぽっちゃりドールちゃん

このドールは
初代ドールちゃん。
このドールが誕生したのは
3年前(2017年5月)頃、

当時私には
最愛の母がいました。
その母は末期のガン宣告を
受けていました。

どうしてこのドールチャームが
誕生したかというと
母親の為でした。

辛い辛い抗がん剤治療が
始まろうとしていた頃で
何か気が紛れることはないかな?と
考えて時のことです。

元々、手芸が好きだった母なので
その手芸が趣味ではなく
利益に繋がり母の生きる活力に
なることはないか..

そんな時、
私は街中でドールチャームを
バックに付けている人を
見かけました。
「これなら作れるかもしれない!」

こうして入院前に試行錯誤し
何とか仕上がった試作品が
この「ぽっちゃりドールちゃん」
だったのです。
サイズ感は今のドールチャームの
1.5倍はあるかと思います。

 

このぽっちゃりドールちゃんが
完成してから間もなく、
入院の荷物の中に
このドールちゃんと手芸グッズを
忍ばせ母の入院生活は
スタートしました。

ドールは販売開始からすぐに
たくさんのご注文を頂けて
とても好評でした。

セレクトショップで販売したいと
大量のドールの注文を
受けた事もあるほど大人気に。

「注文がきたよ!」と伝えると
母は「嬉しい!」と笑顔で
新しいドールを製作している姿が
今でも覚えています。

私はお見舞いに行く度に
病室で母と一緒に
ドール製作をしたのです。
そんな闘病生活が
しばらく続きました。

この頃はドールちゃんは
「売ること」が目的ではなくて
母の「楽しみ」「活力」の源でした。

何かに没頭することで
抗がん剤の副作用も
少しは紛れたんじゃないかと
思います。

そんな闘病生活から
1年の月日が流れ
2018年5月(2年前)、
ドールが誕生してから1年経つ頃。

もう治療が出来ない状態にまで
病が進行してしまった母。
本人にはハッキリしたことを
伝えないまま、
緩和ケア病棟で3ヶ月過ごしました。

闘病しながらも前向きで
頑張り屋だった母にも
限界が来てしまいました。

もう起きることも
出来なくなってしまった母…
意識もなくなってしまった母…

私は母が寂しくないように
たくさんのドールちゃんを
母の側に置いてあげました。

 

病気と戦って10年。
本当に本当に..
たくさんの苦労と困難と
母は戦いました。

私も常に側に寄り添い
一緒に戦い続けました。
もう後悔はないと思えるくらい
最後まで病気と戦いました。

そのこともあって、
私はその日を静かに受け入れる
準備を始めていました。
母が居なくなった後の世界..
その喪失感に耐えられるように
心の準備を自然と
始めていったのです。

そして2018年5月16日。
最後は家族が見守る中、
母は帰らぬ人となりました。
私は息を引き取るその瞬間まで
母の手を握って見届けることが
出来ました。

どんな病気であっても
「母だけは死なない」と
そんな変な自信があったのに
母は亡くなってしまいました。

母と作ったドールチャーム。
想い出がたくさん詰まった
ドールチャーム。

そして母が亡くなって半年後、
本の出版にお声掛け頂いたのです。

本当は母と一緒に喜びたかった。
でも二人の「証」として
残せたんじゃないかと思います。

私はドールを作る度に
母の事を思い出します。
母を感じることが出来ます。
その記憶は薄れることなく
今でもとても鮮明です。

始めにも言いましたが
「とっても手の掛かる子なんです♡」

でも手を掛けたほど
可愛くて仕方ないものです。
我が子と同じですね^^

だからたくさん作る訳では
ないけれど
ドールちゃんを必要として
下さる方がいる限り、
お客様の元へ
大切に大切に
お届けしたいと思います。

そうして、
本の出版社からのご依頼の為に
私も動き出しました。

まずは6パターンの
ドールデザインからスタート。
本社へデザイン案を提出。

この時に
素材の提案も簡単に送りました。

私の中で1つ嫌だったことが
「本社で用意したボディを
使用しなければならない」ことです。

私はボディの顔、
1つ1つ刺繍してるのですが、
本社が用意したのは
のっぺらぼうのボディ。

中には綿も入っていて
「どうやって刺繍するんだよ..」

本来はボディに綿詰する前に
刺繍を施します。

今回は仕方なく
刺繍はせずにペンで描きました。

クオリティーを
重要視してる私にとっては
本当に残念な仕上がり..
この作品は
社名背負っているのに..!

「moimi.ってこんなものなのか」って
思われてしまう..
今の私だったら一度解体して
刺繍したでしょうね(笑)

でも当時は妊婦で
毎日生きてるだけで精一杯。
なんせ睡魔との戦いで
集中力と気力が全然沸かなくて
刺繍をする気力が
起きませんでした。

この私が妥協するなんて
よっぽどのこと。
なんて思いましたが、
高齢妊婦なので無理は禁物です!

そんなこんなで
私的には70%の仕上がりとなった
ドールチャームの
見本6体が完成して
本社へ無事に納品しました。

その時の写真は
あまりにも納得いかなくて
削除していました(笑)

でもまぁ、
とっても嬉しい良い記念に
なりました!

ドールチャーム製作に
ご興味ある方は
1度ご覧下さいね♪